Wowee Zowee !

わーうぃーぞーうぃー!

5月の中の人

 新緑の季節、それが「新」かどうかはさておいて「緑」であることが僕には重要だった。陽光がその隙間から差し込む光景をとにかく好み、ああ生きてるなと感じるこの5月を愛おしく感じ大切にしてきたはずだった。それでも今年の5月は控え目に言っても最悪だったのは間違いない。それは主に新しい職場のせいなのだけれども、天気もすっきりしない時間が長く、湿度が高い日も目立って不愉快だった。気象情報では「晴れ」と言っていても、これが晴れなら曇りの日なんかないよねというような日もあって、気分の悪さはそのせいもあるかしらと考えた。それでも気分と機嫌は別物と考えなければと意識して過ごした。ひどい言葉で罵られたりもしたけれど、思いのほか上機嫌だった気はしている。
 
 
 そのことを可能にしたのは月頭の連休の過ごし方で、恒例行事として西の方に出かけては、知らない街の知らない道の空気を吸って、酒を飲んで、街に紛れて過ごした。その余韻のようなもので何とか2本足で立っていた、そんな感じがする。
  
 
 月の後半はどうにもならなさと戦いながら、僕が傷つけてしまった人たちのことをよく考えていた。無自覚に鋭利なものを振り回していたことに気付くのはきっと振り回したそれが相手だけではなく自分をもめためたに切り刻んだあとの話で、痛みを感じるのは何も傷ばかりのせいではなくその事実と過去と未来とが一斉に芽吹くからなのだろう。それでも泣いたりわめいたりする権利は僕にはない。日記の方で「傷つけたい」という願い未満の願いと、「傷ついてよ」という吐露の間には何光年にも渡る長い距離が横たわっていて、それが果たされたときに互いの決定的なまでのすれ違いが顕在化する、というようなことを書いた。そしてそれは君にもあの娘にもこのコにも関係のないことだ。罪を受け入れ、ノスタルジーに中指を立てていくしかない。
 
 
 愉快なこともあった。やはり僕は若い人が様々にチャレンジするのをサポートできると幸福を感じるのだということを改めて感じたことや、フィジカルの声がまた聞こえてきたこと、読んだものや見たもの、聴いたものはどれもこれも素晴らしかったことなど。そして思い返せば昼間はともかく夜の風は気持ち良かった。そんな5月だった。