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Wowee Zowee !

わーうぃーぞーうぃー!

2015年12月23日の断片日記

▼僕に残っている(思い出せる)記憶の中で最古のものは、5歳ごろの冬の朝のものである。早朝、泊まりがけの仕事へと父親を送るために母親が車で送っていっていた。その時に限ってなぜか早く目が覚めてしまった少年は、無人のベッドルーム、無人の居間、無人のキッチンに絶望して、外へ飛び出した。凍った道路にときどき足を取られながら、どこへ向かうでもなく歩いていく。あまりの心細さに両親を呼びながら涙を流し、あまりの寒さに頬はすっかり紅潮し、唇はその色を失っていた。ほどなくして、見慣れた黒の国産車が向こうからやってくる。運転席の母親の驚いた顔。少年はその顔を見るや否や、家を飛び出したときの勢いと比して倍以上ともいえる速度でかけもどり、おいおいと泣きながら母親に強い言葉を浴びせていた。子に注がれた視線は、慈愛そのものであり、顔は困ったような笑みで満たされていた。今になって、あの時の母の気持ちが少しだけ分かるような気がする。併せて、その日がとても晴れたことも覚えている。
 
 
▼もう何年も前から記録と記憶についてぼんやりと考えている。いまだにその双方ともどう付き合っていくべきなのかつかみあぐねていて、近づいたり離れたりしているような感覚がある。記録と記憶は本来全く別物であった。その後、記録の手段が広がり、その即時性や効率性が格段に向上するにつれ、本来記憶が担っていた部分までもが記録に浸食されていく。そしてそれが「外部記憶装置」などとしてさらに拡張していくとなると、もはや記憶と記録の境目などほとんどない(なくなっていく)のでは、という何の整理もついていない乱暴な予感もそこにはある。記録が引き金になって記憶を呼び起こすことはあるし、記憶をもとにして記録がなされるという側面があるから、まだ完全にその境界が融解しているわけではないと思うけれど…それでも何の屈託もない「都市の記憶」などという言葉を目にしたときには、果たしてそれは本当に「記憶」と呼んでいいものなのか、そうでないのならばでは「記録」と言い換えてもよいものなのか…などと考え、大きな揺らぎを覚えるのであった。
 
 
▼それにしても、時間にして10分程度ではあろうその一大抒情詩の折、わき目も振らずとはまさにこのことなりと言わんばかりの進撃を見せた少年が、車にはねられることがなくて本当に良かったと思う。幼き頃の話といえば、君は生まれてすぐにこの世を去った可能性も少なくなかったと聞く。今日、12歳の子供たちと「当たり前のものとの付き合い方・距離感」を一緒に考えていたせいなのか、今読んでいる本に自立と家族哲学の話があったからなのか、そんなようなことをばらばらと思いめぐった。何に感謝していいか分からないとき、そして何に祈っていいか分からないとき、それはつまり自分が分からない場所=たどり着けない場所=瞬間となにか深いところでつながっているのだと思うことにしている。だから、とりあえず、そこに鎮座するはずの彼に謝意を伝えよう。神様、どうもありがとう。