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Wowee Zowee !

わーうぃーぞーうぃー!

2015年12月16日の断片日記

(旧)日々 音楽

▼僕のような人間を客として想定していないことは承知の上で(だから僕もよほどのことがない限り足を運ばないのだが)お祭りがあまり好きではない理由がいくつかある。1つはこちらの事情や精神状態を全部無視して高揚感を押しつけてくる感じがあることだ。もちろん、十中八九それは受け手側の姿勢の問題で、祭りサイドに何かそういう意図があるということではないだろう。だがそう感じてしまったらそれがすべてだ。そしてもう1つが、自分のペースで歩けないということだ。一緒に行く人に気を使って…というたぐいのものではなくて、単純に人が多すぎるという物理的な面に起因したものだ。そして進んだら最後…列から外れない限りは戻れない(そして列から外れることもまた容易ではない)ということも、別な何かを思い出させるようでくわばらくわばらなのである。

 
▼その自分のペースで歩けないというのは、なにもお祭りと言う特殊な空間でしか起こらない現象ではない。日常でもあちこちで起きていることだ。そのたびに不快感をためこんでいる。あちこち、人が多すぎる…というか皆が同じような1日のリズムを過ごしているせいで、人が集中してしまう時間が日に何度かあるのが問題なのだ。その中にいるとき、それでも周りは何も感じていないかもしれないということを思うとなんだかちょっとだけ恐ろしいような気持ちになる。
 
 
▼メトロに揺られながら窓の上の広告を何となく見ていたらその付近に白地に青い文字でと書いてあって、誰かブクマでもしたのかと思った。でもよくみると「」の横に「」がないのでどうやら違ったようだった。というかちゃんと調べたら、青字に白ぬきでB!がお世話になっている方だった。人間の記憶なんていい加減だな、と思う。ところで左右に視線を移すとAとかCもある。反対側の座席の上には01とか02とか書いてあって、きっと座席表のようなものなのだろう。何かあった時に何号車のE付近で~とかやりとりするんだろうなあ、と。本当のところはどうか知らないが。僕の興味は次の瞬間には「具合が悪い時は無理せず次の駅で降りて駅員へ」みたいな啓発ポスターのイラストに移っていて、本当に切実で悲しい思いでそれを見ているのだった。
 
 
▼年間ベストの時期なので、また選ぶ作業を始めている。今年は50枚で行こうかな。昔ほどの情熱を持って新譜を追いかけることはなくなったけれど、ちょっとずつ音楽の興味が変わっているのは年の瀬にずらっと並べてみるとよくわかって、その変遷は何か少し嬉しかったりするのだった。そして何より、やっぱりこういうことをするとその1年がどういうモードだったのかが分かって良い。今年は素直な音楽が多く並びそう?分からないけど。いずれにしても並んだものが意味するものを考えるのは、並べてみてからのお楽しみ。で、今日はひとつだけ切れ端を置いておく。

このPVも訳も最後のはにかみも大好き。

ゴミの日には注意深くいないと
大事なものまで混ざっているかも
こんな季節だと特に気をつけないとね
夜更かし癖も相変わらずだよ
 
ひどい嵐
 
毎日毎日とは言わないけれど
嫌な事が次から次へとやってきて
なんとなくの寂しさが夜に向かってくる
失意は砂時計の中に埋まっていて
掘り起こすのに必死だよ
そのときそこにいられるといいね
ちょっとした運みたいなものなんだから
 
明日はきっとよく眠れるよ
ちょっとした運みたいなものなんだから

若くないのに。すごく、すごく、うなづいてしまう。こうやって「回収」されていくときに少しだけ涙腺にくるのは、僕が少しずつほぐれていっていることの証左のようで、うれしさも、さびしさも、こわさもあるのだった。