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Wowee Zowee !

わーうぃーぞーうぃー!

2015年12月13日の断片日記

(旧)日々

▼昔住んでいた街で遊びに行くときに利用していた路線の駅名(正確には施設名が駅名になってるの)を目にして妙に懐かしい気持ちになった。その駅で降りた記憶はないのだけれども…。今住んでいる街や遊んでいる場所、仕事で行く場所の名前も、将来ふとした瞬間に見たら今回のような郷愁を抱くのだろうか。何となくイメージがわかない。それはもちろん只中にあるからというのが一番の理由だろう。だがそれ以上に感じるのが、結局それがトーキョーであり、トーキョーの一部であるからだろうとうこと。あまりに記号化された都市の集積。いつまでたってもお客さん気分だ(実際そうなのかもしれないが)。「僕の街」とか言いながらそれは「僕が住んでいる街」以上の意味はなくて、もっといえば「住んでいる」というのも根づきの色が強くてどうなんだろうな、間借りさせてもらっているくらいの風吹けば感が最もしっくりきそうだなとすら思う。長くお邪魔したいなと感じる程度にはすっかり慣れてしまっているのだけれども、別にここに「属したい」わけでもない。結局僕のような欠損した人間が暮らしていけるくらいには街自体が欠落した側面を持っていて、同時にそれでもやっていけてしまう強さがそこにあるのだろう。フィッツジェラルドのマイ・ロスト・シティーの話をまたして申し訳ないのだが、先日の引用部に僕がいたく感動したのは、それが1920年代、あるいは資本主義社会の行く末と正体そのものを見事に描写したから、というわけではなくて、泉まくらも言っていた通り、どこにも連れてってくれないんだから東京近郊路線図には期待するなよみたいな話と同じだからなのだろう。この街とそれにつながる一帯は、特に独り身の人間にとっては「何でもない」のだ。「何でもない」ことは本当にすばらしい。何でもない以上、その名を将来どこかで見たからと言って、何かを感じたりはしないだろうなと考えるのはおかしなことではないのだ。
 
 
▼昔住んでいた街では僕は今よりもよっぽど「社会人」として「暮らしていた」ように思える。だから、少しばかりの感傷を覚えたのかもしれない。