Wowee Zowee !

わーうぃーぞーうぃー!

2015年10月15日の断片日記

▼改札まで送っていく。不自然な関係のくせに、やけに自然な感じで別れてそれが少しだけおかしかった。僕は「じゃあ」とかなんとか言ってたけど、なにが「じゃあ」なんだろう。そう考えたのは一瞬のことで、すぐさま頭の中は「じゃあ、また」まで言わなきゃと思いながら不格好な「じゃあな」になって、君があっけらかんと「はあい」とか言っていた季節の再放送へと移っていた。きっと「送っていった」ではなく「ついてきた」なのだろうなと思いつつ、小走りにかけていく君を眺める。決して振り向かない君の信頼にこたえるために僕は背中を見続ける。のだった。そう思い込むことにしている。信仰、だから。さ。


▼僕は大事な人に対しては、深刻そうなときは楽観を、楽観しているときは深刻さを引き受けようとしているなと気づいた。それが僕の対面における関係性に対しての大事さの表明なのだろう。バランスをとるということ。大事なものは維持したい。大事にしたいと感じたそのときの感じそのままに。同じものを共有しようとするやりかたは、多くの場合少し距離のある人間とのやりとりで選択される傾向があるようだ。それについては共有しきれないものがあるということの断絶が気にならない相手だから?という理解も持ち出せる。そうだとすれば、僕の大事な人に対するふるまいは臆病さの極地だといえる。


▼「週3で2年もちます」シェーバーと週6過ごす寿命残高


▼昼・夜・朝の順に。こうして見ると、ちゃんと自分自身の体温のようなものが変化しているのが分かる。それは周囲の気温よりも彩度と明るさに影響を受けやすいみたい。みたいだね。