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Wowee Zowee !

わーうぃーぞーうぃー!

否定からのそれでもの現在地

音楽

うつむく者にも 光あれ よれよれの道を照らすように

「否定からのそれでも」の現在地。そう、小谷美紗子の最新作を通して鳴らされているのが、3.11以後の断絶と「それでも」だ。

us

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これまでも彼女は「否定からのそれでも」を表現し続けてきた数少ないアーティストの1人として、僕の中では認識されていた。しかし最小単位の関係性の中で描かれていたことも多く、それがどういう物語を紡ぐかは聞き手にゆだねられていた。僕はその距離感を愛していた。そのことは事実としてそうなのだが。
 
『us』である。3.11以後、きっと誰もが傷ついたことだろう。僕はずっと、自分のために祈るのが正解だと言い続けてきたが、政治的な問題も含め、そこには様々なエクスキューズやタグづけがなされることになってしまい、癒されることもなくその傷が固定化してしまったのが現状のストラグルの原因の一つではないかと思う。

そこにきて彼女は、それらを一度否定してみせ、僕らみな同じだよと全てを包み込みながら歩を進めることを提示した。これまでのように、聞き手にゆだねるのではなく、聞き手の側まで一緒だよ、と降りてきた。
 
「国旗を取る」のも、過去にあった「国崩し、神奪いあう」のも、強いんじゃなくて結局は臆病さと恐怖とに心が支配されているからだ。ならばやはり、と僕は思う。自らの傷に対して祈りを捧げるべきなんだと。僕らは忘れたっていいし、忘れなくたっていいんだ。まずは失くしてしまったこと、変容してしまったこと、見てしまったことによる恐怖をできるだけ小さくする所から。だってそもそもずっと断絶はしていたんだから。無理に絆もつながりも持ち出す必要はないんだ。過剰なそれは時に対立に姿を変えることもあるが、いずれにしても僕はそうしたものを目にするたびに、絆によって殺された者を想うだけなのだ。


トリオとしての表現フォーマットを手に入れてからの作品群の中では最も初期の質感に近い。隙間を敢えて光で埋めた楽曲が目立つからかもしれない。初期はそこを情感で埋めていたという違いがあるが。日常の機微を描く際に用いる視座はトリオ以後のもの。このあたりのバランス感が素晴らしく、集大成ともいえる堂々たる佇まいを感じる。
 
もちろん、震災後を描いた部分については未だ宙ぶらりんな自分としては判断を保留しなければならないところもあるが、怒りの表明も、政治的なスタンスの宣誓も、それらが全てusに向けてであるとするその原罪感には大いに共感を覚えるところだ。ラストがこれまでと異って疾走感溢れるナンバー(楽曲自体は新しいものでもない)であることからも、小谷美紗子のこれまでを総括しつつ新章を予感させる、総合力の高い一品となっている。全ての楽器の音も聞こえており、良い仕事だと思う。
 
「無限に広がるこの暗闇はすべて私のもの」だと気づかせてくれる彼女の「うた」の誠実さには、耳当たりの良い希望・絆を歌うものよりもやはり信が置けるなと感じる。『us』と「明日」に向けられた視座を傍らに置き続けて、優しく、正しくありたい。



小谷美紗子 「正体」 Official Music Video - YouTube