Wowee Zowee !

わーうぃーぞーうぃー!

2012にんじんBEST DISC 40 vol.4

25. Coup d'État / camera-stylo

caméra-stylo

caméra-stylo

渋谷系が何であったのかなんてことはたぶんそんなに意味のある話ではないのだろう。でも、それらが本来まとわなければならなかったものを引き受ける存在は必要だろう。なぜなら、この情報が溢れ思考停止に陥った時代において、そうした態度で進むことでしか発展は見込めないからである。カメラ=万年筆。もちろんムーンライダースのあれを想起したが、やっぱりそういうものはいいと思う。ただもちろん、あらゆる芸術を受け取ったときにもっとも重要なのはウィキペディアに溢れるような情報や知識ではなく、数多の「わたし」がなにを感じ、どう歩むのかである。極めて高度な位置取りでバランスが整った今作の音像からは参加メンバーの寵愛・意気込みから感じられた。崩壊や破滅ももちろん美しいが、崩壊寸前の危うさもまたうつくしく、このアルバムはそこに対する平均律側からのアプローチであるということである。ポップであることの覚悟と愉しさをしっかりと引き受けている。ゆえに僕は彼らに好感を持っている。だが彼らは不敵に笑う。「クソくらえでしょう?」と。

【つべ】カメラ=万年筆 CM 

 

24. Today's Memories / The Draytones

Today's Memories - EP

Today's Memories - EP

前作から早4年、「Keep Loving Me」からはもう5年も経ってしまった。楽曲そのものはちょこちょこアップされていたものの、新作はまだかしらと首を長くしていたところへようやく届けられたこの小品。肩の力が抜けたいい意味で自然体な作風になっている。キンクス直系のメロディとギターサウンドはそのままに安易なレトロスペクティブに堕しないクレバーさがある。何しろ冒頭「This Will Always Hurt」の入りから胸の高鳴りを覚える。彼らには絶対にもう一度マジカルな瞬間を僕らに見せてくれるだけの力はある。アルバムをもう少し待とう。以前よりも濃い期待を胸に。

【つべ】The Draytones - 'This Will Always Hurt' 

 

23. Dudes / David Mead(11)

Dudes

Dudes

前作のアートワーク含めた完成度の高さであっという間に僕はこの稀代のSSWのファンになってしまった。派手さはないが、当たり前の温度でエヴァーグリーンなポップソングをかく。ぬくもりのあるソングを書かせたら右に出るものはいない。今作はバンドサウンドに多少重きがあるが、それは少しもソングライティングを損なうものではなく、むしろ世間が失いかけているポップをもう一度教えてくれるその効果に一役買っている。ソングに忠実な高性能のSSWアルバムだと思う。

 【つべ】David Mead "DUDES" live at Ivy League Studio

 

22. 光 / andymori

光

果たして僕が彼らに見出していた光とはなんだったのだろうか。本当はあふれ出てしまいそうな哀しみや苛立ちをメメント・モリに裏打ちされたニヒリズムとそれでもをまといながら進んでいくその姿勢に希望を見出していたのではなかったか。以下はそれぞれ1stの2ndの評だ。

『「否定からのそれでも」が彼らとの出会いを演出してくれた。ここには確実にそれがあった。誰にでも等しく死は訪れる。だが、いや「だから」か、日々は味気ないまま続いていく。僕らはそれを行くしかない。果たしてそれは諦念だろうか。似て非なるものだと僕は思う。ただ決して前向きではない。斜め向き。Pavementが教えてくれた斜に構えながら真っ直ぐ行く、どこまでも正しい平衡感覚。「否定からのそれでも」は20歳そこそこの僕がレジュメしたものだったが、今でも現状にノーを突きつけながら「それでも」行くしかないのだという思想には変わりがない。僕がゼロ年代以降の邦バンドの中で唯一彼らに心酔しているのはそういった部分での共鳴であることに疑いを挟み込む余地などありはしない。「ベンガルトラとウィスキー」が大好きだった。嘘みたいな場所に放り出されているにもかかわらず、檻の中で右往左往する姿が僕そのものだった。綺麗な空が見たい、君の声が聞きたいと一見慎ましやかにも思えるその願いを振りかざしながら、結局檻の中。安いウィスキーで怠惰に「ライフイズパーティー」を気取りながら「テイクイットイージー」という嘯きを要求するなんて、最高にクールで、最高に哀しいと思った。アンディ・ウォーホルメメント・モリ。彼らの苛立ちとニヒリズム、そして「それでも」は次作で最初の到達点を迎える。その予兆は思わず目をそむけてしまうほどの鮮明な鮮烈さで、確かにここにある。』(1st.andymori

『とにかくピリピリしたものを感じる。タイトな演奏はその緊張感の表れなのかもしれない。ただ、そうしたものの吐き出し方としてシニカルさをどこかに漂わせながらサラリとやってのけるというのがスマートでいい。世の中に対して言いたいことなんて何もない、なんてな。 クソみたいな世の中に対して苛立ちながらも虚無のポーズを取るということは他でもない「それでも」の体現であり、生きるための選択として平衡感覚の放棄と消失をPavementに教えてもらった僕のような人間であれば当然のように歓喜に震えるところである。それにしても何度も出てくる人身事故というモチーフが秀逸だ。この世界には上手に処理できない感情の方が多く渦巻いていて、それは人が集う場所であればさらに強くなる、そのことをよく表している。そして人身事故の被害者は誰だ、と思わずにはいられない。そして会えないのは、誰だ。もう一つ白眉な点は「SAWASDEECLAP YOUR HANDS」における「パスポートやカードは昨日盗まれた/整形もしたし肌の色もどんどん変わっていって/SAWASDEECLAP YOUR HANDS」のライン。コミュニティが変わればすべては刷新され、表情が変わる。揺るがない自分なんてものはその個人だけでは成立しないし存在しないということを、そしてそのことを肯定と喜びをもって迎え入れることの大切さを彼らは知っている。そう、苛立ちが通底する感情だとしても、ここでまとわれるフィーリングは祝祭的かつポップなものなのである。この絶妙なバランス感覚こそが絶対に正しいと思う。死ね、だとか勝手に世界終わらせてみたりだとか、そういうのはもういいよ。逃げ場なんかない。この日常をいくしかない。そしてそれはそう悪いものじゃないと、そう信じていかないとやってられないだろ?君にもアイアンメイデンのTシャツを着たオヤジがニッと笑う姿が見えることを願ってやまない。』(2nd.ファンファーレと熱狂)

 

この最新作「光」はそのタイトルが示すとおり、これまでの意匠というものが大きく減退している。もっと身近で平易な語り口でとてもオーソドックスな音を奏でている。そこにいくばくかの淋しさがある。だが、リードトラックであった表題曲ではなく、冒頭「ベースマン」を聴くとこの作品が作らなければならなかったものなのだとよく分かる。今後、過去と決別するのかそこに立ちかえるのかは分からないが、少なくとも現時点でのモード・フィーリングはそうしたところにあったのだといえるだろう。「何だか疲れてしまったね まいってしまったね」で始まる「シンガー」だけが、彼らの意図とは異なるところで僕に光を与えたことだけは記しておく。陽性のアルバム作るなら、「マイアミソング」みたいなクールなのが聴きたいなあ、なんて。

【つべ】andymori「シンガー」 

 

21. FLOWER / 踊ってばかりの国

FLOWER

FLOWER

前作のタイトルトラック、娘に捧げたとされる「世界がみたい」があまりにも素晴らしく、生によることでこれまで以上に死のにおいが立ち上ってくることに僕はとても感動した。さて今作。いくつかの試みは功を奏している気がする。ミニアルバムだからそれはそれでいいと思う。イノセンスを抱きかかえたまま生きること。そのためには何かが起きることを何もないことと表裏一体だと感じなければならない。この国が躍ったその後に、彼らはどんな音を奏で続けるのかとても楽しみだった。活動停止はとても残念だ。

【つべ】話はない / 踊ってばかりの国

【つべ】セシウム / 踊ってばかりの国