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Wowee Zowee !

わーうぃーぞーうぃー!

坩堝の電圧 / くるり

音楽

 

坩堝の電圧(るつぼのぼるつ)(通常盤)坩堝の電圧(るつぼのぼるつ)(通常盤)
くるり

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3.11以降、僕はとても宙ぶらりんだった。そしてその掻き毟りたくなるような思いは年月が経過するごとに肥大化していっていた。僕の家は津波に飲み込まれてしまったし、僕の育った学び舎や街も消えてしまった。今後どれくらい復興しようとその事実は変わらない。それらは完全に消失してしまったのだ。


だが。


僕は迫りくる波から命からがら逃げ出したわけでも、飲み込まれる声を聴きながら悲しみと悔しさを恐怖で切り裂きながら前だけ見て走り抜いたわけでもない。断絶。僕が40度の高熱にうなされながら、会社を休み、ほぼ24hにわたって県警の発表する死亡者のリストを、避難所から発せられる情報に含まれる「生きています」のメモとその横に記される氏名を、そして無くなってしまったことを確認するために、無事を祈る気持ちを託すために、地獄のような映像を見続けたこと。それらによってもたらされた傷と痛みは決して小さくはないが、質的な意味で「現場」の人間とは大きな乖離があると思っている。感情はその人のものだから。

3.11の問題はその後原発をめぐるゴタゴタにすり替えられ、街はその陰から立ち上る不安を飼いならしながら平静さを取り戻していく。


だが。


それはまだあの時と同じ熱量で僕の中に残っている。被災者を癒す表現、放射能におびえる人々に寄り添う表現、遠くから無力感にさいなまれる人々を包み込む表現、真実を求めるための表現…様々が提供されたこの1年半であったが、そのどこにも属さない宙ぶらりんな僕は、考えないようにすることとか、自らに対するフラストレーションや罪の意識を外の何かに転嫁して、自分を保っていた。怒り、悲しみ、諦め、苦渋…電気が消えた代わりに様々なものが一気に世の中にあふれだしたはずなのに、世の中はそれと上手に付き合っているような気がして羨ましいと思ったし、同時にそれらと僕が同列に扱われているかと思うと、悔しかった。
 
 
だが。


ようやくそんな宙ぶらりんな僕にも、様々なことと対峙していく、そう「それでも」のために背中を支えてくれる表現がやってきてくれた。「蟹と原子炉の未来」「相馬」「沈丁花」「のぞみ1号」…具体性を帯びつつ言外に本質を溶かすやり方でそれらは僕の前に現れた。「SPEEDIなタイムマシン」という字面もそうだしアトムやプルートゥやドラえもんなんかもその通りなんだけど、でも僕はこの作品を状況によって独りぼっちになってしまった僕への賛歌として聴く。そうとしか聴けない。なぜなら、東電も関電も全く関係ないし、何より感情は僕だけのものだから。だからこそ、「それでも」の表明として「everybody feel the same」と控えめに呟いてみたりもするのだ。「glory days」のラストが、「ばらの花」と「ロックンロール」と「東京」の引用であることとそれはたぶん同じような意匠をまとっているだろうし、なによりそこに「everybody〜」が入ってくることの意味。ずっと僕は正しかったんだということを言ってくれている。僕は自分を否定するしかないから、誰かがこういうことを言ってくれないとバランスがとれない。でもまあ、僕がこの作品で最も救われたと感じた一節は「It is not easy to tell even for a crab expert」なんだけどね。ははは。

とにかく、これで歩ける。僕が寄る辺ない状態だった期間は暦の上のそれよりもずっと長かった気がする。まさかこんなところでまで僕ははみ出すとは思わなかった。まあいいや。永久凍土から飛び出せプルートゥ。進め進め。


…それにしても、まったくバカみたいな感想かもしれないが、もっくん、クリストファー、bobo氏、あらきゆうこ氏などなど…それぞれにしか叩けないくるりがあるのだなと当たり前のことを改めて思った次第です。その辺の嗅覚は相変わらず抜群でした。あらきさん好きだな。また横濱ウィンナー観ようかな。