Wowee Zowee !

わーうぃーぞーうぃー!

2012年9月17日の勇気

オリンピックのときに言おうと思っていたのだけれど忘れていた。思い出したので書く。僕は、スポーツに限らず何かから勇気をもらった記憶がない。そもそも勇気をもらう、ということがいまいちよく分からない。ゆえに、勇気を「与える」ということも実はよく分かっていない。


その昔白球を追いかけていたときも、ベンチやスタンドからの声援は確かに聞こえてはいるのだけれども、それによってモリモリ力がわいてきて…みたいなことはなかった。僕がホームランを打った日は、怪我を押して出場した、とか発熱していたとかそんなんばっかりで、力がわくどころか力が抜けていたときばかりだ。リラックスって大事ねって話。いや、待て。ちがうぞ。


もちろん応援されて悪い気がするわけではない。ありがたい話だとも思う。だが皆が言う「勇気」とはおそらくそのことではないのだろう。自らが欠損した身であることを思うに、勇気を与えるにしても受け取るにしても、才というか資格のようなものが必要なのかなと考えている。