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Wowee Zowee !

わーうぃーぞーうぃー!

音楽

場合によってはアートに昇華できそうな日記の後になんですが、今年もやってまいりましたBEST DISCのシーズンでございます。年末恒例でしたが、2011シーズンについては年が明けるわ元日に1週間以内にスタートしますとか言ってこの体たらくだわでそろそろお前の1週間はいくらなんでも長すぎるだろと突っ込みが入る頃かと存じておりますので、はい、やります。

毎年誰も読まない前口上を宣言してからスタートするのが通例となっておりましたが、昨年はとにかくサニーデイばっかり聴いて音楽的にひきこもるということをしておりましたのでシーンと絡めて何かを語るということはいたしません。というかできません。誰も読んでないので構わないのです。僕は自分ひとりで過去のものをさっき読みました。3年分くらい。いい感じに気持ち悪かったです。

それにしても、音楽を語る人がどんどん去っていくのを感じます。ぼくがお邪魔していた音楽ブログも次々と閉鎖したのが2011年という年でした。もう流行らないんですかね。こういうのは。インターネットの発達とともに、音楽へのアクセスが容易になる一方で、メディアをはじめとした音楽を「語る」という行為への嫌悪感めいたものの発露が顕在化したことも事実で。僕個人としては「てめえの耳だけ信じてろ」的な物言いにはある程度の理解を覚える部分はあるのですが、そもそもベクトルが違うというか、僕は買い物の参考にしたいわけではなくその「レビューという名の自分語り」に用があるわけなんですが。いいじゃないですか別に、自分語り。その音楽が、どういう文脈で出てきたのか、誰によってどのような思惑で制作されたのか、そうしたことは調べればすぐに手が届く時代です。でも、それらがどのようなストーリーを紡ぐことになったのかのは、その主人公たちが語らねば、決して知られることはないのであります。

要は、小野嶋氏のこの発言がすべてかと。

こうした、辻褄の合い過ぎた歴史に対抗すべく、われわれ市井の一庶民たちは、公式のデータとは別の、個人の見解を、ぜひ書き残しておかねばならない。でないと、公式の資料に掲載された以外の歴史は、完全に黙殺されることになる。ジギー・スターダストが何年何月の発売で、クレジットに乗っているミュージシャンが誰と誰であったのかという情報は、どうせウィキペディアに載っているのだからして、たいした意味は無い。むしろ、1972年に赤羽の新一社というレコード屋で私がそのアルバムを購入した時、店長が「おっ、シブいのを買うねえ」と、とてもうれしそうな顔をしたという情報の方が、今となっては価値が高い。

つまりそういうことであります。

そうそう、去年のBEST DISC、つまりは一昨年の(ややこしいな)発表の際に、もう死んでしまったところの僕がいいこと言ってましたので今回はその引用でしめたいと思います。まあ同じ人間なのでね、そんなに問題意識は変わらないということですね。

チャートというものは生き物であり、ある瞬間を切り取ってそれを残しておくと追うことはなかなかリスキーなことではありますが、あとから振り返ってこの人間はこの年のこの瞬間には、そういう風に世の中を見つめていたのだなあ、とそんなことが浮かび上がってくるのが一番楽しいのでやっぱり今年もやりますよ、と。
(中略)
大きな意味を持たないこの誰でもない私人が他でもない自分のために並べた「チャート」という装置に、何か願いを込めるとすれば、日々を行くしかないという感覚を肯定的に感じ取ってくれる人が一人でもいてくれればいいなという、そんなことばかりなのである。

まったくだぜ。それではにんじんBEST DISC 70、今年もちんたらいきますので、最後までお楽しみいただければ光栄です。