Wowee Zowee !

わーうぃーぞーうぃー!

(旧)日々

2016年1月8日の日記

▼これからきっとよくなっていく、ということのメタファーとしての「こつこつ」についてちょっと前に書いた。日々それで何とか頑張ってはいるのだが、それでも忙しさに負けてしまうことは多々あって、もうちょっと努力の量や質を上げたいなと考えていた。ログ…

2016年1月7日の日記

▼『高慢と偏見』を読んでいる。その影響で頭の中で流れていく日々の言葉がそういう口調になることがある。~ですわよ、みたいな。そういうものが実際の口調に影響を及ぼすか否かの境界線のことを思う。文体には、とも。僕の文体には、何が影響を与えているの…

2016年1月6日の日記

▼少し前に、継続していくことで手になじんでいくようなもの、あるいはコツコツ積み重ねることでできるようになるものを生活の中に導入したいというようなことをムニャムニャと話していた気がする。で、実際そういうことをしていて、毎日ではないのだけれども…

2016年1月5日の日記

▼出勤時の間の寒さに負けて厚着をしてしまう。結果、帰りの電車でもお店の中でも暑くてしゃあない、ということになる。これをもう何日も繰り返している。いったい僕は何をやっているのだろう。そういうことは他のことでも多いはずだ。それで、冬は冬でもう少…

2016年1月4日の日記

▼君から送られてきたメッセージがタイプミス(スマホでもタイプっていうの?)で言葉がコラージュされたようになっていて、脱臼し、意味を消失していた。僕はそれをとても美しいと思ってしばらくその字面を眺めていたのだけれども、すぐに訂正されてしまう。…

2016年1月3日の日記

▼瞬間に対するオブセッションの出所をよく考える。どうやったらそこにとどまれるのだろうということと同じくらいには興味がある。その時々によって様々な答えが出たり忘れたりするわけだけれども、今朝みじたくをしながら「今を大事にせずに過ごしてきたその…

2016年1月2日の日記

▼午前中は仕事があった方が身体は動くなア、などと思いながらすいすい働いていたが、午後はもうくったくたで帰りたくなっていた。まあ2日間しかインターバルがなければ、身体が元に戻るのも(何が「元」なのかもう分からないが)あっという間である。 ▼日中…

2016年1月1日の日記

▼眠いなと思っているうちに「年末」が過ぎ去っていて、頭痛に悩まされているうちに元日が終わった。 ▼昨年がよい年だったのかどうかは、たぶん細かい「よくない」の積み重ねのせいでいつだってイマイチだったなあ…ということになるので、大病やけがなどをし…

2015年12月23日の断片日記

▼僕に残っている(思い出せる)記憶の中で最古のものは、5歳ごろの冬の朝のものである。早朝、泊まりがけの仕事へと父親を送るために母親が車で送っていっていた。その時に限ってなぜか早く目が覚めてしまった少年は、無人のベッドルーム、無人の居間、無人…

2015年12月21日の断片日記

▼月を見ながら帰ってくるようにしている。まんまる、じゃないときもあるけれど、冬の月は奇麗だなと思う。季節は秋がいちばん好き。でも冬の月と冬の朝はそれと同じくらいお気に入りだ。月は、僕の気持ちや状況と形が全然リンクしないのもいいと思う。おまえ…

2015年12月19日の断片日記

▼10代のための、とか高校生のための、といった言葉が冠されている本をわりとよく読むようになったのは、なにもコンプレックス(コンプレックスだ?)が刺激されるとかそういう話ではなくて、そういう「入口」に戻った方が良いことがあまりに多いのではないか…

2015年12月17日の断片日記

▼僕の1日の中心に僕がほとんどいなくて、へろへろになりながら帰路についていた。ここ数カ月、働くことから距離を置いて学ぶということにもっと注力した日々を過ごすことはできないだろうかと考え続けていて、とりあえずはそれを選ぶためにはお金が必要だと…

2015年12月16日の断片日記

▼僕のような人間を客として想定していないことは承知の上で(だから僕もよほどのことがない限り足を運ばないのだが)お祭りがあまり好きではない理由がいくつかある。1つはこちらの事情や精神状態を全部無視して高揚感を押しつけてくる感じがあることだ。も…

2015年12月13日の断片日記

▼昔住んでいた街で遊びに行くときに利用していた路線の駅名(正確には施設名が駅名になってるの)を目にして妙に懐かしい気持ちになった。その駅で降りた記憶はないのだけれども…。今住んでいる街や遊んでいる場所、仕事で行く場所の名前も、将来ふとした瞬…

2015年12月7日の断片日記

▼録画していたNHKの新・映像の世紀を見た。グレートファミリーのやつ。見てからフィッツジェラルドの『マイ・ロスト・シティー』を再読して、一回目よりさらに哀しく、さびしくなっていた。 しかし私がその時に上ろうと決めたのはもっとも新しくもっとも高い…

2015年12月4日の断片日記

▼フィッツジェラルドの『マイ・ロスト・シティー』を読んで、久しぶりに哀しいおはなしたちを読んだなと感じた。今年の半ばくらいからようやく本を読むのが早くなってきて、それはもう1度読むことを前提に読み始めたというのがいちばんなのだけれども、とに…

2015年10月24日の断片日記

▼影響はいろいろあるのだが、とにかく「手になじんでいく」ということと「継続によって何かが上達する」ということにむくむくとした気持ちが最近ある。ので、近日中にそういうものを生活の中に導入したいなと考えている。 ▼君と競争をしながら文字を書き連ね…

2015年10月21日の断片日記

▼話す言葉と書く言葉は違っているなと思って、そこから電子の言葉はどちらなのかとか考えた。書いてはいるけど、話してもいる。 ▼それは対象が眼前にあるかないかとか、対象が特定されているか不特定かとか、そういう要素に影響を受けていそう。な気がした。…

2015年10月15日の断片日記

▼改札まで送っていく。不自然な関係のくせに、やけに自然な感じで別れてそれが少しだけおかしかった。僕は「じゃあ」とかなんとか言ってたけど、なにが「じゃあ」なんだろう。そう考えたのは一瞬のことで、すぐさま頭の中は「じゃあ、また」まで言わなきゃと…

2015年10月3日の断片日記

▼仕事をとっとと切り上げて(それは翌日以降の自分に押しつけることでもある)行きたい場所があったのだけれども、部屋の方向とは反対だった上に、混雑する街の方(あくまで方だが)にあるそこに向かった場合、時間的に帰りの電車はえらいことだナアと思った…

2015年9月30日の断片日記

▼同じような気温であったとしても、これから暑くなる季節の20℃と、寒くなる季節の20℃では、やっぱりちがう。と、大井町線の中で太陽に目を焼かれながら思った。どちらが愛おしいかは実にむつかしいところだけれども、空気もこちら側の「からだのでき具合」も…

2015年9月27日の断片日記

▼仕事での移動中、いきなり10代の子に声をかけられた。学校の課題で街頭アンケートを取っているのだということが瞬時に判断できたので快諾した。その時の相手の顔と言ったら!きっと意を決してだったんだろうなあ。まじめに(実にまじめに!)回答しながら2…

2015年9月24日の断片日記

▼ガスパールこいをする (リサとガスパールシリーズ)作者: アン・グットマン,ゲオルグ・ハレンスレーベン,石津ちひろ出版社/メーカー: ブロンズ新社発売日: 2015/08/08メディア: 単行本この商品を含むブログを見ると、とんでもないものをよんでしまった…(と…

2015年8月12日の断片日記

▼ベルセバのスチュアートが監督をした映画を観てきた。これね(映画『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』公式サイト) 「ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール」予告 - YouTube ▼衣装もかわいらしいし、ゴダールらへのオマージュもあって楽しい(マディソンダンスみたいな…

2015年7月27日の断片日記

▼その日僕は新宿の金を払う公園に来ていた。天気も良く、日差しも強く、死ぬかと思った。さすが有料で園内はよく整備され、みんな行儀よく過ごしていた。僕は汗だくで歩きながら木陰で休んだり、ラベンダーやスイートピーを見ながらうっとりしたりしていた。…

2015年7月12日の断片日記

▼小沢健二が今から20年以上も前に「Life is coming back!」とか歌っていたけれど(それは今もなお僕の中で聞こえ続けている)、その偉大さというのはとてつもないエネルギーで絶望さえ引き受けた肯定と賛歌にのみ存在しているわけではない。それはその後「喜…

2015年7月11日の断片日記

▼ぼやぼやしているうちに季節が変わってしまった。日本には豊かな四季があるとはいうけれど、この街に来てからというもの秋を感じたことはほとんどなく、春夏秋冬ではなく春・梅雨・夏・冬という印象だ。この先はどうなるのかな。秋が復活するのかそれ以外の…

2015年3月19日の断片日記

▼僕はもう少し自分の目で見たものや聴いた言葉に信頼を置いた方がいい。相手の表情や選択された言葉からその裏を読むこと、そしてそれが往々にして正解していることは認めたうえで。なぜ伝聞や自分の脳内で築き上げた未来や過去を過大評価し、その目で見、そ…

2015年3月16日の断片日記

▼あの人と文通をするのをやめてしまったのは、ひとえにその人との距離感が複数の意味で変質したからである。代替としてあてがわれた「コミュニケーションツール」のメリットを享受しつつも、やはり風情が、情緒が足りないなとさびしくなるのだった。僕は、手…

2015年3月15日の断片日記

▼下りの階段で急に立ち止まる人間はいったい何を考えているのだ。僕が急ブレーキをかけたからいいものの、間に合わなければ僕が押す格好になって貴方は階段を転げ落ちることになるのですよ!!なんなの?ライクアローリングストーンなの?ハウダズイットフィ…

2015年3月14日の断片日記

▼仕事のついでに立ち寄る。そう、ここは大型ショッピングセンター。結局は、規模の違いだけで僕が憎んだあの郊外の景色とほとんど何も変わらない。 ▼なんでもあるというのは逆にそこに僕の欲する「理由」は何もないのだということを際立たせてしまう。歩いて…

2015年3月8日の断片日記

▼日曜の街を見下ろして溜息をつく。日曜日の晴れと、平日の晴れは違う。雨模様はいつだって同じ顔。人によっては真逆の評価になる場合もあるだろう。

2015年3月7日の断片日記

▼プロの話を聞くのは楽しい。思えば日常生活の中で、僕らはその道のプロと様々に接している。プロ、とまではいかなくとも少なくとも僕よりも技術と知識を手にした人たちと。自分の知らない世界の話を聞くのは本当に楽しいものだ。 ▼僕の仕事は、間接的にでも…

2015年1月1日の断片日記

▼30日に仕事を納め、大みそかは1日中大掃除をして過ごした。テレビもラジオもなんだかひどくうるさかった。年末年始はつながりのためにあるのだから、それを降りた身であるところの僕は、受動的なものに何かを期待してはいけない。 ▼「ゆく年くる年」だけは…

2014年9月10日の断片日記

▼哀しくならないことがこんなに哀しいだなんて。僕は君がいなければ哀しむことすらできなくなってしまったのだろうか。悲しむことはとうの昔にへたくそになっていて、それはもうこの際どうでもいい。だが、哀しむことを手放してしまってはいけない。道化とし…

2014年1月1日の日記

2013年のスタートの際にこんなことを言っていた。 たぶん、年末年始はつながりのためにあるんだろうなと思った。 今回も同じようなことを考えた。といってもぼんやりと、だけれども(なにせ、身体の調子が思わしくないのでほぼ寝てたから…)。つながりのため…

2012年10月29日の10代

ティーンエイジャーと日々接していると、10代で何かを表現しておくべきだったなと思うことがとても多い。あの頃にしか見えない景色があったはずなのに。20代になってから、演奏を少しだけして、それでやめてしまった僕のちょっぴりの後悔だ。 つまりは狭い世…

2012年9月17日の勇気

オリンピックのときに言おうと思っていたのだけれど忘れていた。思い出したので書く。僕は、スポーツに限らず何かから勇気をもらった記憶がない。そもそも勇気をもらう、ということがいまいちよく分からない。ゆえに、勇気を「与える」ということも実はよく…

2012年9月15日の敗北

人がそれぞれの時間を生きているとなると、僕が1年生きれば君も1年生きるということが、およそ額面通りに受け入れることのできない話であることが分かる。今思えば、僕は君との間に横たわるその問題を前に哀しくなって絶望していたのかもしれない。 1年で…

コミュニケーションはあれこれ思案して言葉を尽くしている頃が最も有意義であり、他者の中に自己を見出し始めたら崩壊の序曲、万が一つながりでもしたら最後、終焉を迎えるしかないのである。始まってしまったものはみな等しく終わる。永遠はない。もしも時…

憎悪について

僕は最近自身のひげに対しほとんど憎悪と言っていい感情を抱いている。周囲に対して憎悪をまき散らすのはやめようと思うようになった僕にとっては画期的な出来事である。いったい、彼らは何が楽しくてしぶとく生え続けてくるのだろうか。刃をいれる。彼らは…

祈りについて

突然だが、日々、祈りたいなと思った。そのおかげでどうやら僕の中では「祈る」ということは何やら良いものであるという感覚であることが分かった。では、祈るとして僕は誰に何を祈るのだろうか。神か―いや、神は僕だ。正確には僕の神は僕だ。僕はそれ以外の…

虫が部屋の前で死んでいたことについて

2、3日前から部屋の前で一匹の虫が死んでいる。死を「終わり」ととらえるならば、「死んでいる」という言葉がいったいどういう状態を指しているのかは僕もよくわからないのだが。何もこんな場所でと思いつつ、彼は恐らくは死に場所を選べなかったのだろう…

最近が立ち上るその時について

最近「最近」という言葉の登場回数が多い気がしている。気がしているだけなので実際はどうなのか分からない。分からないが、なぜ頻繁に出てくるのだろうと考えてみた。もにょもにょしたものが言語化される、あるいは想いに近いとされる言葉が選択され、テキ…