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Wowee Zowee !

わーうぃーぞーうぃー!

Wowee Music 1

音楽
20170308

スネオヘアー / a water color

a watercolor

a watercolor

ダメならだめでいいさ、なんて歌ってはいるけれど、ささくれ立ったひりつきを何となく感じる。曲調のさわやかさとは裏腹に、まっすぐに突き抜けるぞという印象はほとんどなくて、むしろ周囲に対する牙のようなものが見え隠れしている。(でもその爽やかさのせいで春になると聞きたくなるのだった)当時、ロックンロール!と本人はうそぶいていたような記憶があるけれど、ポップスとして優秀であることがカウンターだった時期は確かにあった気がする。
 
 

20170311

Amos Lee / Mission Bell

Mission Bell

Mission Bell


四季があることは風情や美しさの面において好ましいことではあるが、同時にそれは僕にとってこの国の気候のおよそ半分が合わないのだということになるのだから、わからないものである。Amos Leeのカタログの中でも土の匂いがする本作を聞くたびに、こういうソウル/ブルースを下地にしたような音楽、乾いた土の質感というものを漂わせた音楽が生まれるにも土壌や気候というものも大いに関係するのだろうということを考えた。
 
 

20170312

Margot & The Nuclear So And So's / Not Animal

Not Animal

Not Animal

 
それで、ただ単に乾いていればよいかというとそういうわけでもないのだ。つまり土が乾いて荒涼とした風景が広がっているということと、空気が乾燥して寒い冬というのとは別のものでしょ、ということ。秋からの乾燥した夜にはmargotのこの1枚。Not Animal...そうだね、ここには人間のどうしようもなさみたいなものが情緒べったりの質感で描かれていて、これはだから乾きと同時に渇きにも作用しうるものなのだなと思う。
 
 

20170313

The Animals / The Animals

さらに話はつながって、Not Animal言ってたじゃん!と思いつつ(関係ない)The Animalsの1st。やはりこの頃のビートバンドの類は単純に好物。アメリカのブルーズを下地にイングランドで音が鳴るとサイコーだな!と思うのもいつも通り。レイ・チャールズのカヴァーと元を聞き比べて両方で感動するのももはや様式美の世界。

20170314

最近のも聞こうと、遅ればせながらyoung thugを聞いてみた。かっこいい! で、かっこいいといえばでspoonの新曲を聴く。あいかわらず鳴っている。うん、鳴っているという形容が一番しっくりくる。アルバムも楽しみ。早く買わねば。

Wowee Movie 1

映画

20170305 シカゴ

ミュージカル部分は妄想、というのはそれだけでよい印象だ。少し観疲れするかな、と思っていたのだけれども、最終的にはゼタに全部持っていかれてしまった。舞台経験者とのことだった。


20170305 『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?
打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか? [DVD]

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夏という季節に感傷を抱けるのは、この物語の登場人物(のうち誰だっていいのだ)たちのような経験を10代の頃にしたものだけの特権なのではないかと思った。少年と少女が駆け落ちをするシーンがとても好きだ。いつだって女の子は男の子より先にいて、僕らをさっさと置いて行ってしまう。その美しさをあらためて感じた。のだった。
 
 
20170307『ミッドナイト・イン・パリ

僕にだって1920年代への憧憬、あるいはパリへの憧憬というのはあるにはあるのだけれども、あるが故にその「合わなさ」が目立ってしまった。もちろん、ほほっと笑ったところもあったよ。ほほっ。


20170308『桐島、部活やめるってよ

桐島、部活やめるってよ(DVD2枚組)

桐島、部活やめるってよ(DVD2枚組)

スクールカーストの話とかいう誤った(誤ってもないのだろうか)情報のおかげで見るのが遅れてしまった。まったく、後悔である。桐島の不在に翻弄されながら「意味」を求めてさまよう者たちの姿。これはまさしく『ゴドーを待ちながら』だし『嘔吐』だし、というのは良く分かるし、僕にだって言いたいことはいろいろある。そういうものたちが、見終えた直後よりもそこから時間がたてばたつほどふつふつとわきあがる。そのことが、今作が良いものであることの表れである気もする。持つ者の寄る辺なさと持たざる者の強さ。僕としては宙ぶらりんの苦しみがよく分かるから、そう、確かに持たざる者であるにもかかわらず、「全てがあるけど、何にもない」を体現する宏樹という存在に強烈にシンパシーを覚えてしまう。それはきっとこの作品が単なる青春映画ではなく、紛れもない実存主義の映画だからなのだろう(「探す」から「つくる」への踏み出しを、青春との決別とらえることももちろんできるが…)

出演陣の演技は総じて見事なものだったが、松岡茉優の嫌な女っぷりと、橋本愛の閉ざされた影は白眉であった。